近年水産業において「スマート水産業(スマート漁業)」という取り組みが注目されています。
ここではスマート水産業とはなにか?という基本的なところから、具体的な内容をわかりやすくじっくり説明していきます。
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スマート水産業(スマート漁業)とは何か?
スマート水産業とは水産庁が掲げている取り組みで、最先端の通信や情報技術を活用して、水産資源の持続的利用と水産業の持続的成長の両立を実現する「次世代の水産業」のことを言います。
つまり「デジタル技術を最大限駆使して水産業を支え、つなげていこう」といった考え方です。
ドローン等を活用したスマート農業をご存じの方も多いかもしれません。考え方はほぼ同じで、こちらはそれの水産業版、ということになります。
水産改革の目指す将来像
水産改革の目指す将来像として「水産資源の持続的な利用と水産業の成長産業化を両立させ、さらには、漁業者の所得向上と年齢のバランスのとれた漁業就業構造を確立」というものがあります。
わかりやすく言うと「漁業の膨大なデータをデジタル化して連携・共有・活用可能となる体制を整えつつ、高齢化や人手不足を解消しながら将来につなげていこう」という感じですね。
そのために必要な取り組みとして「A.水産資源の持続的な利用」「B.水産業の成長産業化」のふたつがあげられています。具体的な方法と現在までの取り組み状況、今後の課題等をご紹介します。
A.水産資源の持続的な利用
資源評価の高度化
・標本船(沿岸漁船)から投網回数や漁獲量等(操業情報)・漁場環境情報(水温等)を電子的に収集。
適切な管理措置の実施
・ 電子的漁獲報告体制の構築。
資源評価の高度化,適切な管理措置の実施をふまえ、漁協・産地市場から産地市場情報(水揚げ情報)を電子的に収集。各種報告に活用。
広域資源管理システム(TACシステム)をIQ管理に対応できるようにする。
この取り組みはすでに実施されており、可能なところからデータ収集、システム構築などが行われています。
しかし全体の体制を変えていくには時間がかかり、普及はまだまだです。
さらにシステム改修等の費用負担は大きく、こちらも難航中です。
対応策として補正予算を活用しつつ、データ収集の規模を縮小するなどして引き続き取り組みを推進しています。
B.水産業の成長産業化
漁業・養殖業の生産性向上
- 漁場予測技術の開発と漁業者への提供
- ドローンを活用した漁場探索技術の開発実証
- AI等を活用した養殖生産管理の高度化
- ICTブイや人工衛星から取得されたデータ等を用いた赤潮発生予測情報を提供
- 浮沈式大規模沖合養殖の展開
- 閉鎖循環式陸上養殖システムの実用化
現在、沖合・遠洋で短期漁場予測を含む情報を活用しています。ただ、現状の人工衛星では対応しきれず、一部の魚種でしか利用できないという課題が。
そのため、高精度の漁海況情報提供システムを開発。一般船舶(フェリー等)からの観測データ取得を拡大し、1000隻以上の漁船と多様な魚種に対応できるように対応がすすめられています。
沿岸では、7日先までの漁海況予測情報の提供により経験が少ない漁業者でも漁場到達できるスマート化が実施されたものの、沿岸域の漁海況は地形の影響等により局所的に大きく変動することから、予測は困難に。
さらに沿岸漁業は経験や勘による操業が行われているため、若手漁業者等への技術承継が、定置網漁業では選択的漁獲が課題となっています。
対応策としては、漁船による海洋観測網を構築し、7日先までの漁海況予測技術の精度向上と全国拡大。マーケット・インの観点から、各地の市況情報を漁業者に提供して流通との連携を行っていきます。
さらに、定置網に入網する魚種を陸上で把握し、出漁判断。捕りたい魚を選んで漁獲できるようにするなどがあげられています。
養殖業では、2030年にブリ類の生産量を約1.7倍、マダイの生産量を約1.8倍にすることを目指しています。
また、赤潮発生予測情報等を共有する養殖業の高度化、養殖海域での実施・普及がすすんでいます。
しかし沖合養殖では環境負荷の軽減や養殖に適した静穏域の確保とコスト削減、陸上養殖では施設整備のランニングコストの高額、飼育水の確保、赤潮発生予測情報システムの実用化、生産増加に対応した飼料の確保や開発の必要性が課題となってきています。
対応策としては4点あげられています。
大規模沖合養殖
適切な漁業権の設定と、遠隔自動給餌システムを導入した、浮消波堤等による静穏域の確保
養殖管理等の高度化
自動給餌システムにAIを取り入れ、適切な餌の配合の算出や自動網掃除ロボット等を導入
陸上養殖を展開し、技術開発を加速化
養殖分野への投資の加速
事業性評価の活用による経営強化
海洋情報の収集と活用
ICTブイ情報、赤潮発生予測情報等を提供するシステムの実用化
流通構造の改革
- 生産、加工、流通が連携し、ICT技術等の活用により水産バリューチェーン全体の生産性向上に取り組むモデルを構築
- 漁獲報告の電子化
- IQ管理への対応
- 特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(水産流通適正化法)への対応
課題としては、まだ優良モデルがないため新たな参入が難しいこと、法律改正により事務負担が増えることから軽減策が必要になります。
対応策としては国のフォローアップを実施し、有料モデルの取り組みを分析・整理して全国の主要産地等に展開。
法律についてはオンライン申請、システム改修、漁獲番号等を電子的にやり取りする方法が検討されています。
ここまでの内容でも、スマート水産業の取り組みは一筋縄ではいかないことがよくわかります。
後編ではスマート漁業の未来像、そのための取り組み方法、実際に取り組んでいる自治体の事例などをご紹介します。
今後スマート漁業が目指す未来像やそのための取り組み
実際にAIを取り入れた漁業を実証した自治体の事例などをご紹介します。
データ連携を活用したスマート水産業の実現
2023年度までの予定で「水産業データ連携基盤(仮称)」を活用した、水産資源の評価・管理の高度化、効率化、人材育成などの操業・経営支援などが行われています。
今後スマート水産業を実現していくためには、現場生産者が積極的に取り組みたくなるような成功事例の創出が課題です。
対応策として、データ連携を活用したサービスを実証して優良事例の創出を、データ標準化やデータポリシーの整備に向けた協議の実施、スマート水産業向けの人材バンクの立ち上げなどが実施されています。
スマート漁業実例①【宮城県東松島市の事例】
宮城県東松島市はKDDIと提携して早くからスマート水産業に取り組んでいる自治代です。勘と経験にゆだねられる部分をいかにAIで補えるかが重要です。
定置網の近くにスマートセンサーブイを設置し塩分濃度を計測。これと漁獲量を組み合わせてデータとして残すことで、安定した漁獲量を確保できます。1年目から即戦力となる人材育成も可能となります。
スマート漁業実例②【福井県小浜市の事例】
鯖の漁獲量が減少傾向にある福井県小浜市では、養殖の安定にAIを導入。水温と餌の調整でスマート漁業を取り入れ、効率化を図っています。
スマート漁業実例③【長崎県五島市の事例】
現在太平洋クロマグロは、絶滅危惧種に指定されています。しかし日本はマグロ消費世界最大、マグロ漁獲世界第2位。資源回復のための漁獲量の管理、養殖研究が推進されています。
そこで問題となるのが赤潮で、マグロの天敵である有害赤潮は養殖マグロを死なせてしまいます。
今までは漁師が採水して調査していましたがコストがかさみました。そこで空撮用、採水用ドローンの2種を導入。
いち早く赤潮の到来を予測できるようになり被害を最小限に抑えられるようになっています。
スマート水産業が目指す2027年の将来像
現在構想・実施されている次世代の水産業「スマート水産業」への取り組みは、2027年に確立・実現を目指して行われています。データをフル活用・連携した水産業の実現が見込まれます。
具体例としては、電子データに基づく最大持続生産量(MSYベース)の資源評価が実現予定です。生産者や民間企業でのデータ活用が進み、経営効率化や新規参入が可能となります。
加工流通においてはロボット技術等により作業の自動化、高鮮度急速冷凍技術の導入による商品の高付加価値化を実現なども見込まれます。
漁業・養殖業では、現場でスマートフォンを活用して各データを入手し、効率的かつ安定した操業を実現。これにより後継者の指導・育成も可能となります。
スマート水産業に向けた取り組みは、まだまだ始まったばかりで課題も多いですが、少しずつ着実に現実に向け実施されています。
事例は少なめですが、推進事業として各企業が取り組んでいるため、市場規模も大きくなっていくことでしょう。
従来の仕組みを変えていくことはメリットもデメリットもありますが、水産業に関わらず今後を見据え、AIによる大きな改革が求められているタイミングといえそうです。
水産庁のホームページではスマート水産業入門のための補助金なども公募されています。
ドローンやAI等がフル活用される未来の水産業に期待したいところです。