飽和潜水は普通のダイビングと何が違う?深海での作業を可能にする技術とは

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飽和潜水は普通のダイビングと何が違う?深海での作業を可能にする技術とは

海難事故のニュースなどで、「飽和潜水」という言葉を耳にしませんか?

最近では、2023年4月、沖縄県宮古島周辺の海域で陸上自衛隊の隊員10人が乗った輸送用ヘリコプターが消息を絶った事故では、海底で見つかった機体での捜索活動などに用いられていました。

レジャーでも使われるスクーバダイビングとの違いや、なぜ深海での活動に有効なのか、安全性とリスクなどについて解説します。

潜水とは? ダイビングの歴史と技術・資格

潜水の歴史

潜水とは、人間が水中に潜って活動するための技術です。人類の歴史では、息をこらえて身一つで潜る「素潜り」の時代が長く続きましたが、18世紀頃に「ダイビング・ベル」(潜水鐘)ヘルメット式潜水の技術が確立し、発展を遂げました。

1943年にはフランスのクストーらにより、スクーバ(ボンベに充填した高圧の空気が、圧力調整器によって潜水深度に応じて自動で調整され供給される呼吸装置)が開発されました。

スクーバの誕生によって、ダイビングは安全性が増し、一般の人のレジャーとしても普及するようになりました。

レジャーとしての潜水・ライセンス

スクーバの誕生によって、潜水はマリンレジャーとして一般の人にも急速に身近なものとなりました。

スクーバダイビング(スキューバダイビングとも呼ばれます)を行うためには、民間団体の認定資格(ライセンス)である「Cカード」を取得することになります。

Check取得するためには、以下のような講習科目が必要です。
  • 器材の扱い方や管理方法
  • ダイビングのルール
  • 海の生物との接し方などの基本
  • プールを使っての器材操作や潜り方の実習
  • 海に出ての実習

なお、インストラクターが付き添って安全な海域で行う「体験ダイビング」では、Cカードは不要です。

作業・救命目的の潜水・潜水士資格

潜水技術は最初、沈没船の引き揚げなど、海中での作業を目的に発展してきました。

他にも、海底や船底の調査、水中での土木作業、溶接、撮影などにも用いられます。

また、海難事故での人命救助にも、潜水技術は欠かすことができません。作業に用いられる潜水方法には、スクーバによる潜水のほか、潜水士船から空気を送り込んで行うヘルメット潜水、両者のメリットを組み合わせたフーカー潜水などがあります。

日本で潜水士として作業を行うためには、国家資格である「潜水士免許試験」に合格することが必要です。

Check満18歳以上の心身健康な人で、以下の筆記試験に合格することで取得できます。
  • 「潜水業務」
  • 「送気、潜降、浮上」
  • 「高気圧障害」
  • 「高気圧障害」
  • 「関係法令」

実技試験はありません。実技については、潜水士として所属する企業や団体などで講習を受けて習得するのが一般的です。

2. 飽和潜水とは? 深海でかかる圧力を人工的に加えて適応する技術

「飽和潜水」とは、潜水技術の一つで、主に深海で作業を行うために用いられます。

これまで紹介した潜水方式「素潜り」「ヘルメット潜水」「スクーバ潜水」「フーカー潜水」などは空気潜水、または非飽和潜水と呼ばれ、飽和潜水とは区別されるものです。

飽和潜水の原理

人体には、様々な気体が溶け込んでいます。

空気潜水によって大気圧よりも高い圧力がかかると、窒素などの気体(不活性ガス)が体内組織に多く溶け込み、人体に悪影響を及ぼします。

「窒素酔い」などと呼ばれるもので、レジャーでのダイビングでも注意が必要です。

逆に、深海から浮上すると身体にかかる水圧は減少しますが、急激な圧力の低下によって、今度は体内に溶け込んでいた気体が血管内に放出され、気泡となることがあります。

気泡は血管を傷つけたり、詰まらせたりする場合があり、生命にかかわる深刻な症状にもつながります。

深海への潜水は、水圧の急激な変化による、気体が体内に溶け込む量の変動で、「減圧症(潜水病)」のリスクをはらんでおり、潜水しての作業が可能な深さは最大で50メートル前後と言われています。

一方、体内に溶け込む気体の量は上限(飽和量)が決まっています。潜水前に地上で加圧を行い、体内に飽和量の気体を溶け込ませておけば、深海に潜って高い水圧がかかったとしても、体内組織にそれ以上気体が溶け込むことはありません。

飽和潜水はこうした原理を利用し、潜水前後に加圧装置で人工的に圧力を調整し、人体への影響を最小化する技術です。

飽和潜水を使えば、理論上、水深700メートル程度まで潜って作業することが可能とされています。

参考

2008年には、海上自衛隊の飽和潜水士が、水深450メートルまで潜ることに成功しました。

 

なぜ飽和潜水を行うのか?2つのメリット

飽和潜水には、大きく2つのメリットがあります。

  • 「比較的安全であること」
  • 「時間制限無く活動できること」

酸素ボンベを背負って直接潜水を行う空気潜水(非飽和潜水)では、水圧の急激な変化で気体が体内組織に溶け込む量が変動するため、潜る深さが増すほどに、人体への危険も避けられません。

一方、飽和潜水では水中で気体の溶け込む量が変動することは無く、加圧・減圧も地上で時間をかけて行うので、低リスクでの活動が可能です。

また、空気潜水で深く潜る場合、急激な加圧・減圧を避けるために、ゆっくりと長い時間をかけて潜っていくことが必要です。

40メートルの場合、安全に潜るために必要な時間は2時間程度と言われています。潜水や浮上に長い時間をかける必要がある分、実際に活動できる時間もごく限られた間です。

飽和潜水は加圧カプセルに入った状態で下降・上昇するため、地上とを数分で行き来することができます。

活動に必要な酸素なども、カプセルから専用のケーブルを通じて送られるので、1時間以上の活動も可能です。なお、活動はケーブルの届く範囲に制限されます。

深海は潜ってみなければ詳細な状況が分からないことも多く、活動できる時間が長いことは大きなメリットです。

3. 飽和潜水の手順

では、どうやって飽和潜水を行うのでしょうか?手順を解説します。

(1) 準備期間:地上での加圧

飽和潜水の大きな特徴は、潜水前に地上で加圧する時間を取ることです。

ダイバーは専用の加圧室に入り、活動する水域でかかるのと等しくなるまで、加圧を受けます。

加圧室に入ると、深海での活動を終えて減圧の過程を経るまで、数日から数週間、外に出ることはありません。食事や排せつなども全て加圧室の中で行うため、長期間の密閉状態での生活に耐えられる能力が求められます。

加圧は段階的に行い、まずは地上でかかる圧力(およそ1気圧)から2気圧とし、ダイバーの健康状態を観察しながら高めていきます。

参考

22年の知床沖観光船沈没事故(現場水深約120メートル)では、加圧に丸一日を要しました。場合によっては数日以上が必要になることもあります。

(2) 深海への移動

加圧装置での潜水準備が完了したら、いよいよ深海への移動です。

ダイバーは専用のカプセル(水中エレベーター)に入った状態で現場まで下降し、到着後に水中へ出ます。

通常の空気潜水では長時間を要する下降も、飽和潜水ではすでに加圧状態なので、かかるのは数分程度です。

(3) 現場での活動

現場に到着すると、順次活動を始めます。活動できるのは、カプセルから空気などを送るためのケーブル(長さ約15メートル)が届く範囲です。

活動には、基本的に時間制限はありません。ただし、深海の水温は非常に低い上、加圧装置で吸収した気体(ヘリウムなどの不活性ガス)は熱伝導率が良く、ダイバーは体温を奪われやすい状態です。

低体温症などのリスクを防ぐため、ダイバーの潜水服にケーブルを通して温水を送り、循環させます。

活動時には、水中で活動するダイバー以外に、カプセル内で必ず一人以上が待機して、温水を管理しながら不測の事態に備えています。

参考

知床沖の事故での活動時間は、1回の飽和潜水につき約1時間でした。

(4) 浮上・減圧

活動を終えたダイバーは、カプセルに乗って地上に戻ります。その際、すぐに地上に出てしまうと、急激な減圧で人体に影響が及ぶため、再び加圧装置に入り、段階的な減圧を経ることが必要です。

減圧には加圧よりも長い時間がかかり、数日から数週間を装置の中で過ごします。

4.飽和潜水には特殊な装置と厳しい訓練が必要

ここまで、深海での活動に用いられる潜水技術「飽和潜水」について、一般的なダイビングとの違いや原理、手順について解説してきました。

飽和潜水は、水深数十メートル以上の深い水域において、スクーバダイビングによる潜水よりも安全性に優れ、長時間の活動が可能というメリットがあります。

ただし、実施のためには加圧室や移動用のカプセルなど、特殊な装置が必要です。国内では、海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちはや」が備えているほか、民間のサルベージ船にも搭載しているものがありますが、数は多くありません。

また、飽和潜水を行うためには、通常の潜水士としての技術に加え、高圧で密閉した空間で長時間過ごし、安全に活動するための特殊な訓練を積む必要があります。

国内で飽和潜水を行うことができるのは、自衛隊や海上保安庁、民間などを合わせても100人程度と言われており、今後も、一度に多くの人数を養成することは困難です。

最近相次いだ海難事故でも、ロボットでは担えない作業を行うために人間による飽和潜水が行われました。

一方、海底資源の開発などで深海での作業のニーズが高まっている中、潜水士の業務を代替し、負荷を軽くするための水中ドローンなどの開発も急がれる状況と言えるでしょう。

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  • この記事を書いた人
石田一浩

石田一浩(Ishida Kazuhiro)

株式会社チックの代表として、水中ドローンや無人船、ブルーボートの開発・販売に注力。海洋調査や水中探査の現場で、水中ドローンを活用した豊富な調査経験を持ち、その実績を基に、専門家や企業に信頼される高性能な製品を提供しています。

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